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萬造寺斉

萬造寺斉は、明治19年(1886年)いちき串木野羽島に生まれた。 明治41年(1908年)東京帝国大学(現東京大学)英文科に入学と同時に、与謝野寛の門下生となり石川啄木、高村光太郎、北原白秋などとも交友を深めた。 大正6年(1917年)東京から京都に移り住み、京都の自然を愛した。折をみては全国の山を数多く踏破し、燃える思いを歌にあらわし、歌集「憧憬(どうけい)と漂白(ひょうはく)」「山嶽頌(さんがくしょう)」などを出版した。 昭和32年(1957年)7月、70歳の生涯を閉じ、同年11月に文学葬が母校羽島小学校で行われた。顕彰会では昭和35年(1960年)羽島崎に望郷歌3首を刻んだ歌碑を建立、佐藤春夫も列席、昭和37年(1962年)萬造寺斉選集10巻が編さんされている。

金鐘寺跡

永和3年(1337年)市来氏は大阪出身の了堂(りょうどう)和尚をまねいて開山した。当時は、七堂伽藍(しちどうがらん)が建ち並び、末寺が全国に49にも及び隆盛を誇っていた。 明治2年の廃仏棄釈(はいぶつきしゃく)により廃寺となった。 いちき串木野市大里 お問合せは いちき串木野総合観光案内所 TEL. 0996-32-5256

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