今から129年前(1887年)5月某日、松村淳蔵男爵の爵位を授爵!

IMG_2030松村淳蔵は本名を市来勘十郎といい、渡欧後は長沢鼎と同じく藩から与えられた変名を一生用いました。また、薩摩スチューデントの中で大半の当初の目的であった「海軍学術」修得の初心を貫徹した唯一の人物でもあります。

イギリスからアメリカに渡り、1869年(明治2年)に日本人として初めてアナポリス海軍兵学校に入学し、1873年(明治6年)に卒業。そして合衆国少尉候補生に任ぜられ、ヨーロッパ各地を巡航、半年後に日本に帰国しました。薩摩スチューデントの中で一番最後の帰国となりました。帰国後、草創期の日本海軍に中佐として迎えられ、築地の兵学寮で海軍教育に従事します。その後、1875年(明治8年)5月、約半年間の英国出張後、海軍大佐に昇任し、第三代兵学校長に就任。以後、筑波艦長、扶桑艦長に補せられた時と、中艦隊司令官として艦隊指揮に当たった時を除いて、松村は兵学校長の職にあって生徒の教育に専念します。そして1882年(明治15年)6月、少将に任命され、1887年(明治20年)5月に海軍創設への功績が認められ、男爵の爵位を授けられました。軍政に直接関与することはなかった松村ですが、彼の薫陶を受けた多くの将校たちが近代的な日本海軍を築いていったのです。松村が日本海軍に与えた行政面での影響は大きいものと言えるでしょう。

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