小菅修船場、明治政府へ

image1147年前の今日は、日本初洋式ドック「小菅修船所」を明治政府に売り渡した日です。

幕末の長崎港には外国船だけではなく、各藩所有の船も頻繁に出入りするようになりましたが、大型船の船底を修理する場所が一つもありませんでした。そこで1867年、五代友厚は薩摩藩家老小松帯刀、トーマス・グラバーと共同出資し、長崎に修繕ドック建設を計画します。出資は、五代・小松は薩摩藩費25%、グラバーは私費75%の割合でした。そして幕府から建設許可が下りると、グラバーの斡旋で英国から蒸気機関引き上げ装置などを購入、さらに技術者を招き、陸上から海中にレールを敷き、船架に船を載せ、蒸気機関でゆっくりひき上げる「スリップドック」建設が始まります。建設開始から約2年後の1869年1月18日、修船場工事が竣工し日本初洋式ドック「小菅修船場」が誕生します。小菅修船場では、約1,000総トンの船までひき上げることができ、船架の形状がそろばんの梁と串のかたちに見えることから「ソロバンドック」と呼ばれていました。竣工約3ヶ月後の4月22日、明治政府がグラバーから小菅修船場を12万ドルで買い取り、政府管轄の長崎製鉄所の付属工場となりました。なぜ竣工後間もなくしてグラバーは修船場を政府に手渡したのでしょうか。その背景には、グラバーが当時資金繰りに困窮し、五代のつてによって政府に売り渡したとも言われています。

時が流れ、2015年、日本最古の洋式ドック「小菅修船場」は世界文化遺産に登録され、現在も修船場跡が残っています。

 

*最新情報*

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