羽島を出発後の船上での様子とは?

IMG_2008元治2年(1865年)4月17日に羽島浦を旅たった留学生は乗船したオースタライエン号の中で武士の魂とも言うべき刀を半強制的に収められます。「扨而刀は大小共に箱に入付、今日より無刀にて候(松村淳蔵日記)」異国人に囲まれ、無刀の状態になった彼らは無念であったことでしょう。

船は外洋に出ると、揺れ始めます。海が荒れると、留学生らは船酔いで船室に閉じこもり、ろくに食事もとれません。「味ある物は橙に米計にて、豚牛の類はとんとすくれす(松村淳蔵日記)」留学生らは西洋料理にもなかなか慣れず、口にできるものとすれば水やオレンジ、米といったものでした。

また、同船している異国人たちが自分たちを珍しそうに眺め、あざ笑う視線に気がつきます。引率の寺島宗則から幕府の遣欧使節団で渡欧した際も同様の失笑を買ったことを聞き、視線の原因が「髷」であることを知ります。・・・刀も失い、彼らは髷までも切り落とす覚悟ができるのでしょうか・・・。次回、乞うご期待です。

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