「小学校令」「中学校令」「師範学校令」制定

IMG_1856130年前の今日は、「小学校令」「中学校令」「師範学校令」が制定された日です。

明治18年(1885年)12月、伊藤博文が初代内閣総理大臣に就任し、森有礼は初代文部大臣に選抜されます。森は国家全体が経済的に豊かになり勢力を強めていくためには、国民が教育を受け、国民の気力向上が重要だと考え、教育制度の大改革に取り組みます。そこで明治19年(1886年)4月10日、「小学校令」「中学校令」「師範学校令」が制定されました。

小学校は国民一人一人が必要最低限の教育を受けられるよう、経済的に厳しい家庭には、無償で通うことができる「簡易科」を新に設け、小学校の義務教育制度が確立されました。さらに「中学校令」では、中学校を尋常中学(=社会生活の実際に役立つ学問を学ぶ)と高等中学(=大学に進むエリート養成機関)に分け、就業年限を2年と定めます。ここに中学校、高等学校制度の基礎が整えられました。最後に、「師範学校令」では「順良」「信愛」「威重」の三気質を掲げます。試験以外に推薦入学制度を実施し、さらに生徒全員は規律が厳しい軍隊式寄宿舎で集団生活させます。森が気質を重要視していたのは、教育向上のためには教師自身が自立し気質を向上させ能力を鍛えることが大切だと考えていたからです。

現在我々が受けている教育の中に、森が根底から改革した教育制度の要素が受け継がれています。森は英国留学中、国元の兄へ宛てた書簡の中で「人間一度は宇宙を遊観せすんは十分の大業遂げ難し」と書いています。やはりこの言葉の通り、森自身留学中や駐米・駐英公使時代に欧米諸国での経験や得た知識を基に、近代日本教育において役割を果たし大きな貢献をしたことは間違いないでしょう。

カテゴリー: あの時代の今日は何の日? パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です