村橋久成、念願の札幌勤務へ

IMG_1853明治4年(1872年)から開拓使に出仕し、東京にて事業を支えていた村橋久成は、明治9年(1876年)33歳の時に三所建設(麦酒・葡萄酒醸造所・札幌製糸建設)に伴い札幌勤務となります。「西洋式の農法を取り入れ、やがて大農場方式に」「七重開墾場に麻を移植し、ゆくゆくは漁網などの勧業場を」・・・描いてた夢は広がり、そして現実に向けて加速する思いを胸に、村橋は部下の職員や技術者約13名(大麦栽培をする中国人農夫の監督官・鶏卵孵化技術者兼通訳・養蚕のための桑の栽培人・麦酒醸造人の中川清兵衛・葡萄酒醸造、製酒人・麦酒と葡萄酒の樽職人など)と共に北に向かいました。

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