特命全権大使三等書記官となった畠山義成

IMG_1784明治5年(1872年)畠山義成(30歳)は、米国ラトガース大学を中退し、ヨーロッパの教育制度を学んだ後に帰国する予定でした、岩倉使節団の支援をするよう命、米国に戻ります。使節団一行の1人全権副使木戸孝允は外交交渉が中断している間、畠山の助けを借りながらアメリカ合衆国憲法の勉強に専念しました。また畠山は、木戸と当時駐米少弁務使であった森有礼と、ラトガース・カレッジの旧師デービッド・マレー教授の日本招聘に努力、主としてその交渉の任にあたりました。長い海外生活があった畠山も将来をさらに期待されている存在であったことは間違いないでしょう。

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