今から127年前の今日、新納久脩が亡くなりました・・

2016-12-09-13-10-56今から127年前の1889年(明治22年)12月10日、新納久脩 満57歳でこの世を去りました・・・。

1832年5月15日(天保3年4月15日)、薩摩藩家老・新納久仰の子として生まれました。戦国時代の武将・新納忠元からは13代目となります。新納は1885年(明治18年)7月、鹿児島県少書記官になります。その後、10月に大島郡役所が廃止され、大島金久支庁(現・大島支庁)が設置されると支庁長として赴任。翌年金久支庁が大島島庁と改称されたため、支庁長が島司と改称されます。新納は島司として負債に苦しむ島民のために尽力。島内の実情を把握した彼は、まずは人材養成と考え、教育に力を入れます。そして島庁に優秀な人材を集め、黒糖の流通機構改革に取り組むのですが、当時、黒糖流通を独占していた鹿児島県商人らの妨害を受け、赴任してわずか半年で罷免。新納に対する処分について『名瀬市誌』に「義人新納の免官は、奄美群島民の胸に、鹿児島県庁に対する決定的な不信と怨念を長く刻み込むことになった」記されているそうです。この3年後、窮迫のうちに新納はこの世を去ったのでした・・・。

畠中

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今から127年前の今日、新納久脩が亡くなりました・・ への2件のフィードバック

  1. 森永 國昭 のコメント:

     ここには都合3回来ています。最初は下見で、次は家族と最近では息子に見てもらいたくてきました。今回知ったのは五代友厚が人選を行い、さらにその中「攘夷派」だった人も入れていたこと。さらに一番若かった人が、やがて「葡萄王」と言われるようになったいきさつもよくわかりました。
     また、歌人「萬造寺斉」の生家跡も行くことができ、非常に楽しい一日を過ごしたことが何よりでした。
     こちらのカレーが何度食べてもいいです。

    • Satsuma Students のコメント:

      森永様へ
      遠方より3回も!ご来館賜りまして、誠にありがとうございます。彼らが命がけで築いた近代化された日本を、豊かな今を大切に、生活していきたいものですね!また機会がございましたらぜひ遊びにいらっしゃてください!その際は、ガイドもぜひご利用くださいませ。 コメント頂きまして、スタッフ一同感謝申し上げます。

      何度も足をお運び頂きまして誠にありがとうございます。至らないところもあるかと思いますが、おいしいと言って頂き嬉しいです!次回いらっしゃった際はぜひ声をかけて頂きますと嬉しいです。QUEEN’S CAFE一同、感謝申し上げます!

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