148年前の今日、江戸ヲ称シテ東京ト為スノ詔書が発せられました!

2016-09-01 10.46.551868年9月3日(慶応4年7月17日)、江戸が東京と改称されました。そして、1868年10月23日(慶応4年9月8日)に元号が明治に改められ、1868年11月26日(慶応4年10月13日)に天皇が東京城と改称された江戸城に到着。新政府も京から東京へと移されます。

実は、首都が東京に決定となる前、参与の大久保利通は大坂(当時はこう表記)に首都を定めたいと考えていました。港も大きく瀬戸内海にも太平洋にも出られる開かれた都市だったからと思われます。しかし、このとき京都の大久保の仮宅に一通の投書が・・・。投書には前島来輔という署名がありました。内容は「首都は大坂ではなく、東京にすべき」という意見が述べられており、その主な理由は、第一に大坂は経済の中心地だから首都に定めなくても繁栄は続くが、東京は政治的な都市だから首都にしないとさびれてしまう、第二に蝦夷地を開拓するためにも東の大都市である東京を首都にした方が国土全体のバランスから見ても適切、第三に大坂だと新政府のために官庁や官舎を新たに建設しなければならず費用が掛かる、しかし東京なら旧幕府の施設を流用すればタダで済む、というものでした。三番目の理由、新政府にとっては切実でした、何せお金がないのですから・・・。木戸孝允も東京から首都機能が失われることで更なる混乱が生じるのではないかと考えていました。

実は、この投書の主、前島来輔は後の前島密でありました。薩摩藩開成所で教鞭をとっていた人ですね。その時は巻退蔵という名前でした。後に彼も新政府に仕えることになりますが、彼が投書の主だとわかった大久保は、大変驚きます。そして、この前島密は大久保の最もお気に入りの側近となっていきます(*^-^*)。

畠中

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