英国から米国へ 畠山、吉田、松村、鮫島、森、長沢

image今から149年前(1867年)8月頃、留学生6名(畠山義成、吉田清成、松村淳蔵、鮫島尚信、森有礼、長沢鼎)はアメリカへ渡ります。前年(1866年)の夏休み、畠山と吉田はスコットランド・アバディーンにいる長沢の元を訪れた後、英国で出会った下院議員、ローレンス・オリファントと共に米国に渡ります。目的はニューヨーク州アメニアにあるトーマス・レイク・ハリスのコロニー訪問でありました。元々、オリファントはハリスの書籍を読んだり、彼のロンドン講演を聴きに行くなどしてハリスの考えに共鳴し、互いに面識がありました。畠山、吉田も「新しい文明世界を創るために、厳しい戒律のもとに利己を否定し、無償の肉体労働をとおして人間の再生もとめる」というハリスの考えに共感します。英国に戻ってきた二人は、早速、この経験を他三人の留学生(松村淳蔵、鮫島尚信、森有礼)に話し、彼らもハリスの考えに深く共鳴するのです。彼らがハリスに陶酔していく背景には、英国社会や政治事情に対する疑問があったようです。森、吉田らは連名で大久保一蔵(利通)に「英国の政治は表面的には公平に行われているようにみえるが、権謀と利益に走っている…」という内容の書簡を送っています。これはオリファントの影響が大いにあったと考えられます。翌年(1867年)夏、長沢鼎は中学校の夏休みで英国に来ており、そこでハリスのことを聞かされます。当時、留学生は生活資金に困窮していました。彼らは、コロニーで半日働いて、残りの半日は勉強ができ、さらに米国までの旅費もハリスが出すという話しを受け、オリファントと共に米国へ渡る決心をするのでありました。

外薗

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